バルブ帝国の繁栄は正確には現代まで続いていると言えよう。
ただし、ナチュラルホルン帝国が世界帝国であったのに対し、
バルブ帝国は内実、複数の独立した諸侯が覇権を争う連邦国家であった。
そこで、ホルン史的には、バルブ帝国前期を「神聖バルブ帝国」と呼ばれている。
神聖バルブ帝国とは、「神聖なるバルブシステム」の元に集まった諸侯の集合体であり、
主な諸侯は
「フランス・ピストンホルン伯」
「ウインナホルン大司教」
「ドイツ・ロータリーホルン伯」
「イギリス・ロータリーホルン方伯」
「アメリカ・ロータリーホルン伯」
「日本・ロータリーホルン辺境伯」
の6つが代表で、これらをひとまとめにして「六選帝侯」と呼ぶ。
この六選帝侯は独自のホルンを開発し、バルブ帝国内での利権を獲得しようと、まさに血で血を洗う戦いを繰り広げた。
つまり、事実上、ロータリー、ピストン、ウインナ主義の三つ巴戦が始まったのである。
まず、フランス・ピストンホルン公国、ウインナホルン大司教領が台頭する。
ピストンホルンは非常に優れた操作性を持つ上、そのメロウな音色で各地の作曲家と呼ばれる豪族達を味方に付け、まさに破竹の勢いを持った。
そして、ウインナホルン大司教領は、ナチュラルホルン帝国の遺産を最も強く受け継ぎ、その音色、吹奏感で他の追随を許さぬ権威を得た。
だが、1898年(諸説あり)、ドイツにて新技術が開発される。
それこそが「ホルン二毛作(通称ダブルホルン)」。
二毛作によって1本のホルンで当時一般的であったFシングル、Bシングルを親指一本で吹き分けることができるようになった。音域も完全に網羅することが可能となったのである。
このシステムをドイツ、イギリス、アメリカ、日本が早い段階で取り入れ、戦力を増強し、結果およそ100年後に、ダブルホルン化に至らなかったフランス・ピストンホルン公国は攻め込まれ、名宰相ルシアン・テーヴェの死と共に滅亡することになる。
また、ウィンナホルン大司教領も大部分を奪い取られ、ウイーンフィルと呼ばれる一帯にのみ主権が許された。これは「ウイーンの囚人」と揶揄されるが、いまだにウインナホルンは権威としては衰えず、精神的にも独自の地位を築いている。
このようにして、神聖バルブ帝国は、ロータリー主義の元ほぼ統一なされ、後年はさらに三圃制(通称トリプルホルン)も導入するが、それはまだ先の話である。
さて、ここに古文書が伝える興味深い話がある・・・・・・。
・・・・・東の果て、日本の伝説。
日本がまだ武士達の時代。
武士達はまだメロフォーンという武器で戦っていた時代。
九州の南、種子島に南蛮人が辿り着き、「アレキの103」なる物を伝えたという。
アレキの103という存在を知った武士達は我先に求め、ついには、
「アレキにあらざればホルンにあらず」と言う者も現れたという。
この「103」は、当然、「一文字」に、「三丸」であり、「毛利家の家紋」を表すと考えられる。
毛利家家紋 智将毛利元就は尼子氏を破り、中国地方に強大な版図を築いた。元就は三人の息子に、「一本のホルンでは室内楽止まりだが、三本のホルンでは英雄が吹ける」という「三本のホルンの教え」の訓戒を与えていることでも有名。
毛利家は戦国でも豊臣氏より五大老に任じられたほどの有力大名であった。その家紋にすらなった103とは、いかなる物なのか、推して知るべしである。
そう、地球の反対側の小島をも震撼させた「アレキ」とは、もちろんアレキサンダー大王のことである。
1909年、一人の天才がドイツ・マインツで敢然と立ち上がった。
アレキサンダー大王である。
アレキサンダー大王は103と呼ばれる強力な兵器で瞬く間にドイツ領邦の盟主となる。
事実上のアレキサンダー帝国成立である。
その後、ドイツのみならず、ヨーロッパ圏で覇権を確立。多くの諸侯(オーケストラ奏者)がアレキサンダーの前に屈する。
そして、帝国はついに、日本に侵攻を開始した。
これを「アレキサンダー大王の東方遠征」と呼び、ホルン史に特記される。
東方遠征、と記したのは、もう一つ理由がある。
西方にはイギリスが強大な版図を築いており、侵攻が容易でなかったからである。
まさに、ブリタニアによる平和を満喫していたのである。
そこで東方諸国は彼らを「平和(パックス:羅)を満喫する人」という意味を持つ「パックスマン」と呼び恐れた。
このアレキサンダー、パックスマンという2大陣営の時代を「冷戦」と呼ぶのは言うまでもない。
2大陣営は、互いに直接軍事力で戦うことはなかったが、
熾烈なニューモデル開発競争を行い、技術の誇示をした。
音程が良く、音色も良く、という人類の夢に向かい、多くのニューモデルが打ち上げられ消えていった。
ガガーリンも「(ホルンの)サビは青かった。」という言葉を残した。
ユーリ・ガガーリン 人類初の宇宙飛行士。さびて動かなくなったスライドを見て、「サビは青かった。」と溜め息をつき、手入れの大切さを語った。
また、その傘下におさめた奏者を使った代理戦争を行ったり、思想統制も行われた。
アレキサンダーを使わなければオーケストラに入れない、とプロパガンダが流され世の音大生と呼ばれる市民層は困惑しつつも盲信し、搾取されたのである。
思想ついでに述べると、この時期、多様な思想が新しいタイプのホルンを生み出した。
以前、§2で紹介した「ベルバラ族(ベルカットホルン)」もその一つであるが、
見逃せないのは素材にこだわったホルンである。
素材により、赤、黄色、白、などと言われるのがそれに当たるが、
「赤ベル」は思想家カール・マルクスの共産主義思想が生んだ産物である。
カール・マルクス エンゲルスと共に「共産党宣言」を著す。マルクスが上吹きでエンゲルスが下吹きと言われている。
赤ベルは他のホルンよりも「銅」を多く混入するのが特徴である。
銅と言えば、「足尾銅山鉱毒事件」でもわかるように、そして、歴史的にも最も庶民の手に届きやすい硬貨であり続けてきたように、労働者の金属の象徴である。
マルクスは最も進んだホルンの形態が赤ベルであると論じ、赤ベル革命を起こせと共産党宣言を著したが、いまだに革命が起こった気配はない。
なお、赤ベルは、当時流行したが、音量、音色共に黄色の方が強い、という音量資本主義者によって迫害された。これを「赤狩り」と呼ぶ。
さて、話を戻そう。
2大陣営の冷戦。
ようやく90年代にシュミット、リコキューン、オットー、ハンスホイヤーなどの各国が台頭し、
徐々に2大陣営による冷戦構造は雪解けをみせる。
これを民族自決の精神として、現在、国際法上はどの国籍を選ぶことも可能になるまで進歩した。
ただし、これが世界の完全なる平和をもたらしたとは言えない。
アレキサンダー帝国の高官が、アレキサンダー6世死後に相次いで離反し、独立。
これらの動きを「分離独立運動」と呼び、注目を集めている。
また、三圃制(トリプルホルン)を導入する国家が増えた事も多様化に一役買っている。
ハンスホイヤー公国は安価なホルンでのし上がり、さらに近年トリプル化に成功し、アマチュアホルン奏者の筋肉増強に貢献している。
このように、「多様化」はさらに進んでいる。
今後、さらに国際情勢は混迷を深めることになるかも知れないが、その中で、我々は歴史の中を歩んでいるという確信をもち、選択をしていかねばならないと言えよう。
さて、最後に極東の日本戦線を見てみよう。
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